ゲームは一日1000円まで (Syraのゲーム備忘録)
AP241/4/1
アークスシップ1番艦、フェオ。数多くの強豪アークスが活動しているとも言われる。その居住区のとある部屋からうめく声が漏れている。
「うーん…うーーーーーーーーん………」
3室ある部屋は各部屋ごとに整ったコンセプトが設けられ、その発声源である青年がいる部屋は和風な部屋となっている。その部屋の隅の端末で彼は頭を抱えている。
特徴と言えば、肩にギリギリ届かないくらいの茶髪に長い耳。どちらもこの船の中では特に珍しいわけではなく、ごく一般的と言えるだろう。
彼に関して特筆すべき点があるとすればその顔立ちだろう。青年、というには女性寄りであり、発せられる声も同年代の男性よりも高いものである。ここに同居しているある人物から無理矢理女物を着せられた時でも全く違和感がないくらいであった。
そんな彼は眉をひそめながら端末に向かい、何か文字を打ち込んでは消す、を繰り返していた。
「うーん…やっぱり無難に…いや、でもそれじゃ何もインパクトが与えられないし…」
「……ハル…?」
文字を打ち込もうとしている彼に突然後ろから声をかける人物がいた。
「うわぁ!?ってシーラかぁ…いつも言ってるけど、物音も立てないで近づいて来るのやめて…」
ハル、と呼ばれた青年の視線の先には少女が立っていた。
ウェイトレスによく似た出で立ち。腰のベルトからは小さめのタブレットをぶら下げており、少なくともこの艦にいる人々はその姿を見ればすぐに彼女と判別出来るだろう。
身長はハルより若干低く、オーバーリアクション、ともいえる程であったハルの反応にも微動だにせず、表情の変化も殆ど現れない。
周囲の人物が彼女の事を語る時には、必ず「物静かな」という形容や「何を考えているのかわからない」という表現がされる。
その腰からぶら下げている小型タブレットには、そんな彼女の感情表現を補助する目的で会話をする際にそこへ文字が映し出されている。
シーラ、と呼ばれたその女性は二度瞬きをしてから首を傾げる。
「…ハル……悩んでる…。…どうしたの…?」
そう聞いてくる彼女を見て、頭を掻きながらもハルは話し出す。
「いやまぁ、大した事では無いんだけどね…。割のいいバイトを探していたら、結構いい感じのものがあって。」
「……(・ω・)?」
手に持ったタブレット端末に浮かび上がる青い顔文字。彼女は赤い目をこちらに向けたまま不思議そうに首をかしげる。
「そのバイトっていうのが、幼少教育の施設で憧れのアークスと交流会をする!!!…みたいなものでさぁ…何をしたらいいのか分からなくて…告知見る?」
と、ハルが言いシーラのタブレットへ画像データを転送する。
データは二つあり、片方には『短期バイト求む!!』と赤い文字で書かれている電子ポスターが、もう片方には数行のテキストで仕事内容がまとめられているドキュメントが映し出されていた。
そのテキストには、フェオ内にある幼少教育施設にて、アークスとの交流会を実施する。というもの。
仕事内容としては、最近志願者が減少傾向にあるアークスの事を深く知ってもらい志願者数を増やしたい、とのことらしい。
「でもさぁ、アークスの事を深く知ってもらうって言ったって何を見せればいいのか分からないんだよ。結局はアークスに憧れを持ってもらうのが目的だけどそんな事自分にできるのかなぁって…」
そう話すハルの言葉を聞き、考えるシーラ。そして、とある案が浮かんだのか画面に電球のマークが浮かび上がる。
「…ハルは……テクニック………とくい……。フォイエで………デモンストレーション………_(_*`ω´*)_」
そう少し得意げそうに語る。そんなシーラに少し冷めた目を向け、ハルが告げる。
「…却下」
「……」
目を見開いている以外表情こそ変わらないものの、彼女の端末には「(´・ω・`)」が映し出されている。
「そもそも、アークスシップ内ってテクニック使えないでしょ…、使用許可を出す事例もなさそうだし…」
それに、テクニックが得意と言っても他よりは出来る、くらいで目の前の彼女よりは劣っている。
少しうつむき気味になるが、言わんとしている事は理解出来たようだ。ただ、こうも発言する。
「…ハルは……いい案……ある?」
「…いや・・・・ないけど・・・・」
ハルは改めて思考を巡らせる。そして過去に何をしていたのかを考える。
幼少教育の頃から周囲に馴染めない所謂コミュ障であり、当時何をしていたかといえば朝早くに起きて魔法少女が活躍するアニメーションを見て、教育施設ではひたすら端末を触っていたような
……とここまで思案し自分自身の顔に縦線がかかっているような錯覚を感じハルはこれ以上考える事をやめた。
と、ここでふと目の前にいるシーラの事が気になりだしていた。彼女と出会ったのは新人アークス研修の時のグループワーク時であったが、当時の時点で他のメンバーとは一線を画していた印象がある。
本人はキャストとなったから強くなっただけ、とは言っていたが安定した出力の法撃、正確といっていい射撃、急所を確実に狙う打撃。研修生の中では優秀で、もしかしたら当時の時点で一般のアークスよりも優れていた技能を持っていたかもしれない。
ハルは法撃は一般アークスほどの能力で、優れているものは情報処理に関するものであった。それが買われたのか、とある出来事以降シーラのプライベートナビゲーターとして活動するようになった。尤も現在その役はシエラのものとなっているが…
そんなシーラをじっと見つめていたのに気づいたのかシーラは首を傾げ、タブレットには「 (´・ω・`)?」と文字が浮かんでいる。
「ああ、いや…昔はどんな事をしてたっけ、と考えてた。それであんま普通生活やってなかったなーと思ったけど、シーラの事って聞いた事なかったなと。」
「………私……?」
タブレットに「(?_?)」と浮かび考え出す。そして、しばらくした後、首を振る。
「……覚えて……ない………_| ̄|○」
「え?」
幼少の記憶は曖昧になるものではあるが、覚えてない?訝しげにシーラを見る。
「そんな事…例えば幼少施設の頃にやってた事とかさ。」
「……?」
「後は学校で学んだ事とか、教師の名前とか…」
「………わからない……」
「……マジで……?」
何故そんな事が、と思ったが、ふととある理由が思い浮かぶ。
「もしかして……キャスト化以前の記憶が……ない…?」
少し思案した後、シーラは頷く。
「……たぶん……?……でも………バイトのこと……おぼえてる……。」
「遡れば遡るほど記憶が無い、のかなぁ。まぁ当時のアークスはルーサーが牛耳ってたからねぇ…。ずさんな手術はかなりあったとしても納得できちゃうなぁ…」
タブレットには「 (;´-ω-`)」と浮かびでている。
当人には巻き込まれたという感覚しかなかったためか、そこまで大きな影響を感じなかったが、割と大きな影響を与えてたと改めて感じたのだろう。
「…………!」
と、ここで通信が入ったのか、シーラは耳に手を当てる。
「………シエラ。…………………?………わかった……。………向かう…。」
側から見てる分には何の会話をしているかまったく見当がつかないが、プライベートの時に通信が入るとなると恐らく緊急の案件なのだろう。
「……任務…。……行ってくる…」
「はーい、いってらっしゃいー。」
そんな当たり障りのない返答をすると、シーラは端末をぶら下げ、部屋を出ていくのであった。
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「はぁ…守護騎士さんは大変だなぁ。」
ハルは、一人しかいない部屋で溜息をつき、彼女がつい最近任命されたという役職の名前を口に出す。
ハル自身は特に役職を持っている、というわけではなくアークス兼諜報員として、どちらかというとデスク上での仕事が多い。それは特異というわけでもなく、他の同期も普通ならば同程度の仕事をしているはずだ。
第三世代という同期でありながら、全ての実力は彼女の方が上回っている。そして、その彼女は今やアークスとしては最上位の立場についている。
「…羨ましくはないとは言えないけど、大変そうではあるし、実力は無くてよかったのかもしれないなぁ…。」
誰に言うでもなく、そうつぶやく。物静かな彼女でありながら、気が付いたら多くの問題を次々と解決していく。
言うだけならば簡単であるが、それを着実に実行していく彼女はやはり、その役職が任命されるに相応しい人物なのであろう。
「あ…結局考えて無いや……。まぁ当たり障りのないクイズとかでいいかなぁ…。」
ハルは軽くメモを残し、早々と閉じる。
いったんは寝転がったものの、ハルはある事が気になり、それを調べることにした。慣れた手つきでコンソールを操作していき、パスワードをいくつか入力すると、やがて彼女の個人情報について表示される。
「……シーラ、コードネーム表記Syra、略歴、AP221出生、教育施設入所AP227、福利厚生施設の非正規雇用を経て、フランカ推薦により能力調査、強化手術を実施した場合適性ありと判断。本人希望によりAP236キャストとなり、その後アークス研修施設入所。AP241功績が認められ、守護騎士となる。ねぇ…」
情報にはぱっと見不審な点は見当たらない。だがよく見ると粗がある。
例えば、彼女のプロフィールには数年、正確には出生から教育施設入所まで何も書かれていない空白がある。もしかしたら出生年は見込みで記載されたかもしれない。
それは果たして何のためなのか。次々と謎が発生してくる。
彼女自身も普段は別件ばかりで気にする暇も無いのだろうが、もしかしたら心の隅では気になっているのかもしれない。
「…記憶領域の欠落、か。…調べてみるのも、面白そうだなぁ…」
と、言いハルは追加の情報を探す為、立ち上がり、マイルームを出ていく。
このちょっとした思い付きが後々大きな出来事へと発展していくのだが…
それはまた別のお話である。