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EP5

FSB、ロシア連邦保安庁。国民からは「スパイ組織」やら「大統領の犬」と呼ばれているが、私はそこへ所属している。

私は無から物体を生成できる能力、具現化能力を所持しており、組織の被検体、として、また調査員としてそこへ勤務していた。そして1年前、私は上司から、2歳にして能力が発現した少女、サーシャの監視任務を言い渡された。紆余曲折はあれど、彼女の近くで監視任務が行えるようになり、詳細な能力調査も行えるようになった。彼女は非常に強力な能力を所持しており、国家にとっても重要な「駒」となる、らしい。2歳にして過酷な運命を背負った少女、と最初は哀れみに近い感情はあったがそれらはすぐに野暮な思考だった、と思うことにした。

私はあくまでも任務を遂行するだけなのだから。

2012/07/05

本日、就学前教育第1カリキュラムの半分が終わる。ペースとしてはかなり早く感じる。

能力についてのコントロールに関する教育成果は上々。別紙に示した通り、報告時の検出レベルは80dBmであったが、本日計測した結果21dBmほどとなっていた。確実に効果は出ているが、日常生活を送るために今後も続けていく必要あり。

親交を深めるために一日早い誕生日を祝う事にした。誕生日プレゼントとしてポシェットとペアのキーホルダーをわたした。喜んでくれたようだ。

 

2013/12/24

第4カリキュラム完。これで就学前教育の全過程が終わった。これ以降は初等教育の先取りをある程度した方が良さそうだ。

以下に組み入れた方が良いと思われるものをメモとして順番に記す。

(中略)

次ページに続く

 

・・・知らない間に上の文章をサーシャが書いたようだ・・・私にはぐらかせないようにするためだろうか・・・

そう、明日はクリスマスパーティと同時に私の誕生日を盛大に開く・・・らしい。何が始まるのだろう・・・

12がつ25にち

きょうはたーしゃのたんじょうび、おいわいをれすとらんでやります

 

きょねんはできなかったのでことしはかならずやります

『-------ンだよ-----!』

『-------めて------!------さい---!』

 

 

「・・・いたっ・・・!」

私はベッドから転がり落ち、目を覚ました。時計を見る。午前5時。報告日誌をまとめて就寝してからまだ3時間しか経っていない。

何か悪夢を見たような気がするが、たった今感じた痛みのせいで何も思い出せない。白い靄に今の夢が覆われているような、そんな気分。

 

「・・・もう一眠りしよ・・・」

私は誰に話すでもなく、そのままベッドへよじ登り、睡魔に身をまかせた。その後は特に何か夢を見るわけでもなく、熟睡であった。

 

 

 

その数時間後、私はマカロヴァ家の玄関の前に立っていた。前日に作業を行なっていたのもあり頭が少しボーっとしている。一旦頬を叩いてから私はドアを開けた。

と、その瞬間、突然大きな音が鳴った。驚き後ずさる。ドアの向こうにはサーシャと夫妻がクラッカーを手に持っていた。

「・・・たーしゃ、おたんじょうび、おめでとう・・・!」

そう言いながら笑顔でこちらを見るサーシャを見て、今日が何の日かを思い出した。室内を見るとクリスマスの飾り付けと同時に私の誕生日を祝う文字も描かれていた。

一瞬驚いたが、それを悟られないように笑顔を作り返答する。

「ふふっ、そこまで大層なものじゃないのに。まさかここまでお祝いされるとは思わなかったわ。」

そう冗談めかして言うと、サーシャは少し不機嫌そうになりながら言った。

「…きょねんは…おいわい…できなかった…。だから…きょうは…にかいぶんの…お祝い。」

そう笑顔で言うサーシャを見ながら私は去年のサーシャを思い出す。

マカロヴァ家でクリスマスパーティをして、年が明けた頃のこと。

誕生日がいつか聞かれ、12月24日と答えた私に対し彼女は大泣きし、ぽかぽかと叩いてきた。

何とか機嫌を直してもらおうと色々宥めたが、それでも彼女は3日ほどひがんでいた。結局今年のクリスマスにお祝いしてほしい、と言ったことで機嫌を直し、何とか年明けからも普通に授業を行う事が出来たのであった。

 

それにしても。

「ま、まさかここまで盛大にお祝いされることになるとは思わなかったわ…」

その言葉に後ろの夫妻は苦笑いをする。

おそらく夫妻も手伝ったのだろう。壁のいたるところに飾り付けがされていて、テーブルにはローストビーフをはじめとしてさらにはホールケーキまでも置かれている。…果たしてこれらを食べきれるのだろうか…。

「…きょうは…おひるまでおいわいして…そのあとぺるみまで…いく…」

…どうやら彼女は本気のようだ。どうやら本格的に企画をしているらしい。観念して私は家の中へ入っていった。

午前中、サーシャをはじめとするマカロヴァ一家主催による、私の誕生日のお祝いも兼ね、クリスマス会に参加していた。

去年のクリスマス会は、机を囲み料理を食べる程度であったが、今年はかなり本気の仕込みが入っていた。

歌といい、サーシャが考えたクイズゲームといい、私がかなり楽しめるものとなっていた。そして、アンナ氏を作る料理も腕によりをかけて豪勢なものであった。

 

そして一通りプログラムが終わり、私達がトランプゲームで遊んでいる時の事。ロシアではもはや定番ともいえるドゥラークというもので盛り上がっていた。

「最後にこの6を出して…上がり!」

「…まだ…きりふだがあるなんて… ずるい…」

「切り札は最後まで取っておくのが勝利のカギよ?」

「・・・うぅ・・・・」

序盤は不利であるかのように見せかけて、強いカードを少しずつ回収していく。そしてそのあとに一気に攻勢をしかけるといいう戦法で、アンナ氏にカードを押しつけて上がった私は、のんびりコーヒーを飲みながら観戦をしていた。次にやや遅れながらも私が攻撃をしかけなかったルカ氏が上がり、戦局はサーシャとアンナ氏の一騎打ちとなっていた。(というか二人とも表情に出すぎているような気もするが、見ている側からしてみたら面白い。)

 

次はどのような戦法を仕掛けていくか考えていた時、ルカ氏が近くに来て、話しかけてきた。

「どうです?サーシャの企画は楽しめました?」

「ええ、とても。」

コーヒーをひとすすりしてから続ける。

「と、いうより、ここまでしっかりと計画を立てているとは思いませんでした。」

「はは、1ヶ月ほど前に私たちに30頁の企画書を見せにきましてね。私たちも度肝を抜かれましたよ。」

「そ…そんな前からそこまで…。一体どうして…」

「話を聞く限りですと、やはり昨年お祝いすることが出来なかったのが悔しかった、といっていました。クリスマスより先にお祝いしなければいけない事があったのに、と。」

「そうですか……。…本当に優しい子ですね…あの子は…。」

「いえ、あなたのおかげでもあるのですよ。あの子自身が、人にここまで何か尽くそうとしたのはこれが初めてです。やはり、ここまで自分の事を想ってくれている人がいる、というのが本当に嬉しいのでしょう。」

 

「そんな…ことは…。」

私はそれ以上言葉を続けられなくなってしまい黙りこんでしまった。想ってくれている、とルカ氏は言った。が、私自身はあくまでも任務の一環としての行為であるのに。

 

サーシャの視点から見ると確かに私は大きい存在なのかもしれない。

だが私自身はそんなに優れているわけでも素晴らしい人格を持っているわけでもない。ただ仮面を被り任務に従って、その手段の一つとして現在の監視を行うために私自身を演じているだけだ。

もし、サーシャに本当の醜い私の姿が映ったら。それでも彼女は私を慕い続けるのだろうか。そんな事を考え込んでいたとき、サーシャが声をあげた。

「…その上がりかた…ずるい…!」

頬を膨らませ、母であるアンナ氏を睨む。山札を見るに、どうやら最終的にAをうまく回収し、一気に攻勢をしかけたらしい。

「え?そんな事ないわよぉ。こっちだって、切り札はずっと貯めていたのだから。」

「……うぅ……パパ…ターシャ………もう一回……やろう……!」

必死そうにこちらを見るサーシャ。私は、先ほどまで考えていた思考を頭の隅へ追いやり、もう一度参加する事にした。

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その後何ゲームかプレイをした私は、ルカ氏が走らせている車に乗っていた。どうやらここからはマカロヴァ夫妻からのプレゼント、ということらしい。

私自身、これまで生きていてここまで盛大に祝われるのが初めてであるため、少し気恥ずかしいような気もするが、甘んじて受ける事にした。

3時間あまりかけ、外の風景は徐々に活気を見せ始めていた。市内の中心部を駆け抜ける車から外を眺めると、歩道は人であふれており、華やかに装飾されている。

そんな外から車内へ目を戻すと、サーシャは目をキラキラと輝かせながら外に視線を向けており、そんな彼女を見て私は自然と笑みがこぼれるのであった。

 

 

「改めて、ナターリアさん。お誕生日おめでとうございます。」

大きなショッピングモールの一角にある、レストランにて私達はパーティを開いていた。

「ありがとうございます。まさかここまで大がかりに催していただけるとは思いませんでした。」

「いえ、経緯は複雑といえども、ここまでサーシャの事を見て頂けているのですから。それに、今ならいえる話ではありますが、私達も就学前教育の施設へ入所できなかったという事を、サーシャには悪いことをしたと思っていたのです。本当ならばスクスーン近郊の施設に入園させたかったのですが、時期が時期だけに既に定員で、それも難しく。」

「確かにその時期ですと、国立の幼稚園への入園内定を貰う事自体が困難ですからね…。」

ここ数年の国内問題ともなっているが、ロシア国内では、国立の教育施設の入所倍率は異常なまでに高く、地元の公務員へ賄賂を積めば入りやすくなるともまで言われている。

この国では権力集中を廃止し分権をした、というのが建前ではあるが、それはあくまでも表向きの話。裏では今でも一極集中が続いており、それに対して何か打開策も反論も出す者はいない。結局、これまでもこの先も何もこの国は変わらないのだ。

と、そこまで考えた所で私は祝われてる立場である事を思い出す。せっかく私のために開いてもらっているパーティで暗い事を考えるのは申し訳ない。私は、そんな暗い気持ちを追い出すためにウィスキーを一杯あおった。

 

……サーシャの帰りが遅い。既に席を外してから20分は経過するだろうか。トイレにしては長すぎる。私はふと、嫌な予感が過ぎり、立ち上がる。

「…少し、サーシャを探してきます。」

私が立ち上がると、ルカ氏も同時に立ち上がる。

「いえ、私も探します。2人の方が効率も良いでしょう。」

そう言い、手分けして探す事にした。

私は近くの子供用服の店から輸入雑貨店、ファーストフード店を巡ったが、サーシャの姿は見えなかった。

そしてレストランからだいぶ離れているおもちゃ屋の方へ行くと、ようやく白い髪の小さい女の子の姿が見えた。サーシャだ、間違えない。私はルカ氏へ見つけたと連絡をした後、すぐに駆けよろうとするが、近づくにつれ、別の人影が見え、私は立ち止まる。

「……あれは……!」

サーシャの近くにはもう二人、見覚えのある姿があった。名前は知らないが、あの村に住む2人の男の子だ。そして彼らはサーシャに言葉を投げ続けている。

「ーーーーーーー!!ーーーーー!」

言葉は聞こえない。だが、サーシャは抵抗出来ずに俯いて震えている。私は心の中で早く助けなくては、と思ってはいたが足が動かない。そもそも私は部外者だ。私が介入する事で逆にそのいじめがエスカレートしないか?そもそも任務外であり、下手に介入してはいけないのでは?そんな事ばかり考えている私は動く事ができなかった。と、その時後ろから別の大きな影が近づいていき、その2人の肩を掴んだ。そして、低い声で呼びかける。

「……なにを……している……?」

そう威圧的に言葉を放つルカ氏。男児達はしばらく硬直し動けずにいたが、ふと思い出したかのように片方が掴まれてる手を振り払い、もう1人を引っ張り退散して行った。

ルカ氏は一息ついたのち、いつも通りの優しい声でサーシャに呼びかける。

「ふぅ…、サーシャ、怪我はないかい?」

「………」

何も言わずに抱きつくサーシャ。私はそこでようやく思い出したようにサーシャに向かい走り出す。

「ナターリアさん、見付けていただきありがとうございました。本当に助かりました。」

「いえ……私は何も……。……あの……すぐに駆け寄る事が出来なくて……すいませんでした。」

「なに、大丈夫です。それに子を守るのが親の役目でもありますから。サーシャにかっこいい所を見せられましたし。」

「…っ……!……はい。」

「さぁ、パーティを仕切りなおしましょうか。」

そう言い、サーシャを抱きかかえ、レストランの方へ歩いていく。

それを追おうとし、ふと足が止まる。大きな背中と抱えられている小さな少女。その姿が、ある思い出と被る。

私が持っていないもの。持てなかったもの。それを彼女は持っている。その後ろ姿を見た私の心の中では嫉妬に似たドロドロとした感情が出現していた。

「…ターシャ…?」

ついてこない私に気づいたのか心配そうな顔でこちらを見てくるサーシャ。

その彼女の顔を見た私は、今まで考えていた嫌な事を忘れようと頭を振ってから、彼女の方へ向かっていった。

そこへ向かう途中に、もうこの思考がループしないよう戒めるため、私は自分自身頬を大きく叩いた。

 

2013/12/25

マカロヴァ家にて私の誕生日会が行われる。ここ数年、あの子の発想力・成長力にはずっとおどろくばかりである。

行動全体に特筆点はなし。しかし男子学童2名によるいじめが行われている事を確認。今後の周囲の兆候を注視していく。

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